STARSHIP





I Don't Know Why

どこか肩の力を抜いたというか、リラックスして歌ってる感のあるグレース。
でもやっぱり貫禄があるというか、この人の声はいい!!
曲はゴテゴテのバラード。(笑) でもグレースが歌うとダサくないのだ。( ̄ー ̄)
関係ないけど、このジャケのグレースは可愛い。(爆) <J>


Transatrantic

下で書いたSala&It's not overがビデオと密接に結びついていたものとすれば、
この曲はラジオだ。
それも当時J県にできたばかりの民放FMラジオである。
イントロを聴けば一発でわかるはず。
これや「ラブ・アマング・ザ・カニバルズ」のラスト・ナンバー「アイル・ビー・ゼア」ほど、
聴き手に「FM」を感じさせる曲はないと思う。
これら「究極の匿名的産業ロック」こそスターシップの真骨頂といえるだろう。
スターシップはその活動期間こそ短かったが、
時代のアイコンとしての輝きはなんら曇ってはいない。 <fxhud402>


Babylon

「愛はとまらない」「今夜はミュージック・ナイト」等、人気曲がひしめき合う
このアルバムで、私が一番好きな哀メロ曲がこれ。
どこかエキゾチックなイントロから、静かに、そして徐々にパワフルに展開していく
グレースのヴォーカル。
そして意表をつく転調、サビの疾走感もたまらなくかっこいい!! <J>


No Protection (1987)


Winds of Change

ジェファーソン・エアプレイン〜スターシップについて、
だいたいのレコード店や雑誌等の記事ではその活動時期をバンド名で3つに、
あるいは「ジェファーソン」の有無で2つに区切っているが、それは必ずしも適切とはいえない。
やはり男声のリード・ヴォーカルがマーティ・バリンかミッキー・トーマスかで分けるべきだろう。
何よりも、彼らの現在の活動形態がその証拠だ。
つまり、マーティとポール・カントナーによる現行ジェファーソン・スターシップ(とホット・ツナ)、
そしてミッキーによる「一人スターシップ」である。

日本で行われたナラダ・マイケル・ウォルデンのイベントに参加して
「愛はとまらない」を一人で歌っていたミッキーではあったが、
改めてスターシップとして動き出したのは2002年のこと。
長年このバンドに関わってきたビル・トンプソンのマネージメントの元、
二ール・ショーンとともにサンタナからジャーニーを生み出した「産業ロックの仕掛け人」、
ハービー・ハーバート所有のスタジオで、かつてのヒット曲のリメイクに臨んだのだった。
新スターシップのオリジナル・メンバーはミッキー一人だけだが、
ギタリストやキーボーディストはシスコ出身の若手、ベーシストはテネシー出身のベテランで、
大仏さんみたいなドラマのダレル・バーデュスコはオリジナル・スターシップが
ヒットを連発していた頃、ポール/マーティそしてジャック・キャサディが組んでいた
KBCバンドでプレイしていたという因縁深い人物。
いかにもアメリカンな豪快ドラミングが持ち味だ。

各曲のリメイクは原曲のアレンジをなぞりつつ、
現バンドのちょっとハード目な持ち味を加味しているが、
やはりグレース・スリックの抜けた穴を埋めるのは大変だったようだ。
ベーシストも結構高い声が出るのでバック・コーラスやユニゾンの部分は問題ないのだが、
「シスコはロック・シティ」の冒頭のアカペラ(キーボードが入るから厳密には違うけど)は
どうにもならなかったようで、だいぶ印象が変わってしまっている。
その一方で、リアレンジがうまく行っているのが今回紹介する「奇蹟の風」であろう。最初の1コーラス目をアコースティックで演り、バンドが2コーラス目から入る形が実にはまっている。

思えばこれも因果な曲なのだ。
「フリーダム・ポイント・ゼロ」「モダン・タイムス」と男所帯のハードロック路線が
せっかく定着したところなのに、グレースの復帰でバンドは再び路線変更を余儀なくされる。
しかしそれも無理もない。
ポール・カントナーがいくら頑張ってみたところで、多くのアメリカ人にとって
彼らは「あの顔芸のおねーちゃんのバンド」だったのだろうから...。
そんなわけで次のアルバムはプロデューサーをロン・ネヴィスンからREOをスターにした男、
ケヴィン・バーミッシュに交代、やや保守的になって登場した。
その時すでに豪腕ドラマー・エインズレー・ダンバーの姿はなく、
かつてミッキーとバンド仲間だったドニー・ボールドウィンがスツールに座っていた。
バンドの中心であるべきポールの気持ちはバンドから離れ、
ここでは満たせない表現欲を「造反の美学」の続編製作に傾けていた。
スターシップの操縦桿はミッキーの手に渡りつつあった。
「奇蹟の風」はそんなアルバムのタイトル曲だったのである。

しかしそれも昔の話。
この再録ベスト盤についているDVDにはレコーディング中の彼らをポールが訪ね、
昔話に花を咲かせるシーンが収められている。
そして年齢を重ねたミッキーがギター一本で紡ぐ、シアーズ夫妻の最後の名曲...。
この曲をはじめとしてベーシストのピート・シアーズと奥さんのジャネットは
バンドに多くの名曲を提供したが、次作「ニュークリア・ファニチュア」のプロデューサー、
ピーター・ウルフの作風には合わなかったのだ。
ピーターはそのままスターシップとともに時代の寵児となり...
世紀末、蠍団の問題作「アイ・トゥ・アイ」を制作することとなる。

ともあれ、長い年月を経てようやくこの曲は本来の姿になれたのかも知れない。
オリジナル・ヴァージョンが大好きなことを込みで、そう思う。 <fxhud402>


Greatest and Latest (2003)


Sara

皆さんがビデオ・クリップというものの存在を知ったのはいつのことだろう?
音楽に当たり前のようについてくる、往々にしてアーティストが出演する映像作品を。
考えてみると、ビデオ・クリップという言葉が使われるようになるずっと前から
そういうプロモ・フィルム的なものはあって、よく「歌の小窓」なんていうミニ番組で
「浪花節だよ人生は」とかユタカ(銀蝿一家の豆ロックンローラー。
成長してダイヤモンド・ユカイになったという説もあるが不明)の、
そこらの公園で撮ったような日舞やら「ユタカ0点!」なんていう台詞付きの
嵐ヨシユキの似顔絵が挿入される、すごーく古式ゆかしいブツが僕の育ったJ県でも
流れていたもんである。
しかしそういうのとは一線を画した、ハリウッド流の金のかかった演出で
全く新しい世界を見せてくれたのが、ビデオ・クリップだったのだ、と僕は思う。

なぜそんな他人事のような言い方になるのか?
なにしろ、そんなクリップ様を拝めるチャンスを、当時の僕はことごとく無視していたからだ。
クラスの男子はほとんど見ていたビートゴーズ・オンやポップナイトはぜんぜん見なかったし、
ベストヒットUSAに至っては、「そういう番組があるらしい」という程度の知識しかなかった。
マイケルの「スリラー」も観たことは観たがずっと後のことだし、
「BAD」は加トケンのネタだった。何より夜更かし自体年末年始しか
許してもらえなかったのだから。中高生になるとさすがに深夜番組にも興味が出てきて、
何とかして真っ暗な茶の間に忍び込んで観ようとするのだが、
そのときの目当ては「モーターランド」や「カーグラフィックTV」、
そして「所さんの車はえらい!」...オースチン・モンテゴや
クライスラー・ニューヨーカーに日産スタンザ、
そして最終型いすゞアスカのカタログは今でも宝物だ。
ダイハツ・シャルマンは...間に合わなかった。

...と、音楽そっちのけでひたすら思い出モードに浸かってみたのは、
ひとえに間違えて押したチャンネルから目に飛び込んできた「セーラ」のクリップの
鮮烈さを伝えたかったからだ。
気が付くと僕は夜のアメリカの牧場にいて、
明かりに照らされて歌う田舎臭い風体のミッキー・トーマスを観ていた。
今にして思うと、ミッキーが入ってからのスターシップは「シスコ・ロック」ではなく
「アメリカン・ロック」だと思う。
大都会ではなくこのロケーションのような田舎にこそ、彼らの視線は向いていた。
穏やかであるが故にボーカルを引き立てるメロディー、
そしてやってくる嵐...ホーム・ビデオ風の回想シーンで電気スタンドをひっくり返す、
あの垢抜けないヒロイン...。すべてが80年代の思い出として焼き付いている。
なにより、あのまだ体験したことのない
新しい世界が開けてゆく感じが...忘れられない。 <fxhud402>


It's Not Over ('Til It's Over)

そしてその後間髪入れずに流れたのがこれだ。
これこそが僕にとっての「動くロック・バンドの映像」の原体験だ。
基準なのだ。だから何も言えない。
そういう思い出を抜きにしても大きな影響を与えた作品だと思う。
こういう鉄骨を組んだステージにメンバーがてんでばらばらに立つ構成のクリップや
ステージがどれだけ現れたことか! <fxhud402>


Gratest video hits(DVD)/ (2004)


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